マンガラ・インタビュー 

マンガラは卓越したヌメロロジー(数秘)とタロットの教師であり、これまでの8年間(2001年現在)、毎年来日して、その深い知識と知恵を多くの人々と分かち合ってきました。イギリス生まれですが、世界に拠点を置いてワークしています。リビングエナジーは、過去20年にわたるマンガラのワーク、そして内面の旅について聞く機会を得ました。

編:まず、数秘の全体像についてうかがいたいのですが。

ヌメロロジーとはご存知のように、数の持つ波動、数のエネルギーの科学です。円を9等分すると、その9つの部分で全体を成していることになるでしょう。その1つ1つのエネルギーと質が、ヌメロロジーでは1から9までの数字で表されるのです。そして、円を人間の心理全体だと見なせば、それぞれの部分が人間の行動のある特定の側面を表しているということもお分かりいただけるでしょう。

ヌメロロジーのチャートを読むことは、その人の詳しい地図を読むようなものです。その人が旅の道のりのどの辺りにいるのかということも教えてくれるのです。よくそんなに分かるものだ、というクライアントの反応を見ていると、私までびっくりさせられてしまうほどです。例えば、どうしてあることが特定の時期に起きたのか、初めて分かったというのもよくあることなんです。

編:オーラソーマとヌメロロジーはどう関わるのでしょうか。オーラソーマを学んだ人で、あなたのコースに惹かれる人が多くいるようですが。

オーラソーマに惹かれる人はたいてい、自分や周りの人たちをもっと理解したいと望んでいる人たちですね。オーラソーマは視覚的にもとても美しく、日本でもとても広がってきていますが、多くの人にとって、それは自分を深くのぞき込む最初の体験ではないでしょうか。ですから、その人が自分を見つめる別のツールに惹かれるのも自然なことだと思います。ヌメロロジーはそういう意味で、とても自然な次の一歩です。この2つのシステムは、互いに補い合うし、新しい次元を付け加えてくれますから。オーラソーマはボトルと関連づけてさまざまな体系を紹介していますから、自分で感じてみて、さらに学びたいことがあったら、そうしてみたらいいと思いますよ。

編:あなたの教えるヌメロロジーのコースのユニークな点は何ですか。

私は自分のワークショップをエクスペリエンシャル・ヌメロロジー、つまり体験から学ぶヌメロロジーと呼んでいます。私のワークは主に右脳、つまり直観のマインドを使うんです。ヌメロロジー自体は非常に高度に発達した数学の一派なのですが、そういった方法で学ぶのは無味乾燥で、とても骨が折れるし、退屈だし、限界がありますから。それに対して直観のマインドは、論理という制限を飛び越え、真の理解へのドアを開いてくれます。もちろんどうやって数字を出すかという基本的な情報を学ぶ必要はありますが、それを無意識の深みに根づかせることが大切だと考えています。

例えて言えば、車の運転を習うようなものですね。まず理論を教科書から学ぶ、まずは意識的に、論理的な脳を使って学ぶ必要があるわけです。ここでクラッチを切ってとか、ギアを変えてとか。これは昔の車の話ですけど(笑)。自転車の乗り方でも何でも同じですが、練習を積むうちに、それが無意識へと沈んでいく。そうなれば、もういちいち考える必要はありません。それは統合された体験となったわけで、必要ならば、いつも引き出してくることができるのです。

チャートのパターンについて見てみると、それはまさに人の数と同じだけある。と同時に、人はみな、9つの数字の影響を受けているとも言えます。ですから、数字のエネルギーを体験するエクササイズをすることで、そのエネルギーからどんな影響を受けているかを、ダイレクトに、実感として知ることができる。それによって、自分のある側面を体験するだけではなく、そのエネルギーを純粋にしていく方法を学ぶことにもなるのです。あらゆる数は、エネルギーのネガティブな課題から、純粋な本質、ギフトの状態へと移行する機会をもつ旅のようなもの。つまり、それぞれの数は私たちの生きていく旅の課題だと言えるでしょう。

編:直観について、もうちょっとお話してもらえますか。

直観の定義はいろいろありますが、最も分かりやすいのは、どうしてか分からないけれども、あることがそうだと分かってしまうということでしょうね。理論的には説明できないけれども、そうだということ。それは、論理的なマインドが邪魔をしないとき、起こることなんです。

直観は、全体と私たちをつなぐ能力です。それは、普遍的な意識、宇宙的マインド、あるいは存在とか、どういう呼び方をしてもいいのですが、そういった意識へ差し出されたアンテナです。実のところ、私たちは周りの出来事や、お互いの存在と分離してはいません。論理的なマインドは、いかにもそうだという印象を与えますが、それはたんなる幻想に過ぎません。直観的なマインドにいるとき、私たちはつながりを感じ、論理的なマインドのもつ狭い視野とフィルターを通さずに、物事のあるがままの姿を見ることができる。論理的なマインドが支配しているときには思いもよらない洞察や理解へと開いていくことができるのです。

直観を使ってヌメロロジーを学ぶと、物事は論理的であるとは限らない、でもそれでもOKなんだということを学び、体験していくことにもなります。ですから、いったん基礎を身につけたら、チャートに書かれた数の組み合わせから、非論理的な結論を引き出すこともありえます。どうしてか説明できないけれど、そうだと感じる、自分の感覚を信頼する必要があります。体験を通して、自分の直観がどれほどすばらしくて効果的かを知ることになるでしょう。そうすれば、日常でも、そういった体験をもっと信頼できるようになります。

私のグループはすべて、右脳を使うことに強調が置かれています。私は「直観の流れ」というグループもリードしていますが、これは純粋に直観の声を聞くことを学び、それを育てていくためのものです。これは本当にエキサイティングなコースで、誰でも機会さえ与えられれば、常にすばらしく直観を働かせることができるということを身をもって実感できるコースです。

編:ヌメロロジーは自分を理解するすばらしいツールだということですが、他の人を見るためのツールとしてはどうなのでしょうか。

それは、参加者にとって必然の成り行きでしょう。チャートによって人を見るのは非常に興味深いことなので、ワークショップがまだ終わらないうちに、みんな自分の家族や恋人の持っている数を計算し始めます。そして、個々の部分をつなぎ合わせていくにつれて、どうしてこの人はこういう反応をするのか、どうして人間関係にこういう傾向があるのか、ひらめきとともに理解することになるのです。チャートを見ることで、パートナーや子供や両親や友人がどうしてそんな行動をするのか、理解できる。それによって、判断(ジャッジ)を手放すことが可能になります。というのも、判断というのは結局、あるがままのその人であるべきではないという思い込みなわけですから。

人のチャートを読むのは、学びのための方法でもあります。みんな、あらゆる数の影響を受けているとはいっても、影響される部分や、影響のされ方は人それぞれです。人を巨大なパッチワークの布になぞらえれば、パッチワークを織り成している布は9種類しかなくても、その組み合わせはほとんど無限です。私は実際に、何年もの歳月にわたって、身近にいる人のチャートを作って、その人の行動を密接に観察し、ある数がある特定の分野でどんな働きをするのかを観察したものですよ! それによって、自分なくても人が持っている傾向を、実によく理解できるようになりましたね。

編:それでは、プロとしてヌメロロジーを使うことについてはどうでしょう。例えば、どのようにオーラソーマのセッションと組み合わせていけるのでしょうか。

ヌメロロジーは非常に正確な情報を、すばやく簡単に与えてくれますから、多くのプロのカウンセラーやセラピストが糸口をつかむために利用しています。誕生日を計算するだけで、ほんの数分間のうちに、その人がどんな人で、今、どんな課題に直面している時期なのか等々、多くのことが明らかになります。それによって、その人の抱えている問題をより効果的に見ていくための背景が分かる。ボトルを選ぶ以前に、その人の背景が分かっているのは、とても役に立つことだと思います。実際、その人のいる位置、その時期に体験している事柄に直接結びついたリーディングができるわけですから。そのセッションは、より具体的で、より助けになるものになるでしょう。

編:あなたはタロットをヌメロロジーとともに使っていますね。そのことについて、お話しいただけますか。

私にとっては、この2つのツールはとても良い、価値のある組み合わせなのです。ヌメロロジーは、その人の枠組みと、旅の道のりのどんな地点にいるのかを教えてくれる。そしてタロットは、それを踏まえた上での詳細を教えてくれるのです。ヌメロロジーは家そのもの、それに対しタロットは、家具などのインテリアのようなものですね。ヌメロロジーによって明らかになった骨組みが、タロットによって、色づけされるのです。

ヌメロロジーは可能性を教えてくれますが、その人がそれをどう使っているのかは教えてくれません。そこでタロットの出番となるわけです。それは無意識の鏡であり、まだ意識化されていない、マインドの隠れた深い層で実際に起こっている物事を映し出してくれます。

例をあげてみましょう。 ヌメロロジーによれば、今年は責任がテーマとなる年だという人がいたとすると、タロットを使えば、その課題が実際の場面でどんな形で現れているか、そしてどう対処しているかが分かります。無意識の中の幼少期のパターン深くへと入り込み、そのパターンにどう支配されているか、そして何をしていく必要があるのかを見せてくれるのです。つまりタロットは、プロセスを見ることによって、無意識に沈んでいるものを意識化させてくれると言えるでしょう。 いったんそこで起きているプロセスに気づくことができれば、もちろん、もう無意識ではないわけですから、それに支配されることはなくなります。それは、自己認識と意識化のプロセスなのです。

編:お話をお聞きしていて思ったのですが、ほとんどの人は、ヌメロロジーとかタロットといったものは占いの道具だと思っています。けれどもあなたはそういった使い方をされていませんね。そのことについてお聞きしたいのですが。

占いというのは一般的に、エソテリック(秘教的)なツールを表面的にとらえ、間違って解釈したものだと言えるでしょう。確かにこうしたツールは未来を予測することもできるのですが、どうしてかと言えば、私たちが無意識のマインドに突き動かされて行動しているからなんですよ。それは、コンピューターのソフトのようなもので、機械ならば、いったんプログラムをインストールしたら、ボタンを押したらどう反応するか、予測できるでしょう? だから、ある人がどんな行動をとるかは、無意識のプログラムを読めば、あらかじめ分かってしまう。ですから占い師はこうしたツールを使って、無意識がどんな方向にあなたを連れていこうとしているかを告げるわけです。私たちはほとんど、かなり無意識的な存在ですから、かなりの程度で予測が可能なのです。でも、そこにあるプログラムに意識的になればなっただけ、それに応じて動くかどうかという選択が生まれ、プログラムに自動的に動かされることはなくなっていきます。

ですから、、もっと意識的になる助けとなる、それがこうしたツールの本来の使い方です。そして気づいているにせよ、そうでないにせよ、この「生」は、実はそのためにあるのです。私たちはみな、より意識的になりたいのです。 それが内なる存在の望んでいる、自然の進化の方向性なのですから。

けれどもこれは、ニューエイジに関わっている人の、忘れがちな点でもあるかもしれません。エソテリックな知識を夢中になってたくわえ、それで終わってしまう。ありとあらゆる情報を手に入れて、それ自体がすごいことであるかのような錯覚を起こしている人もいますが、実はマインドというコンピューターの情報が増えただけなんです。 たんなる知識をかき集めても、それは知恵ではありませんから、まったくの無駄だと言わざるを得ません。意識のために、こうしたツールをどう使っていけるのかを知らない限り、いくらこうしたことを学んでも、本当には意味はないのです。自分の反応の仕方にもっと意識的になり、気づきをもたらしていくこと、それがスピリチュアルな生き方への真の入り口だと言えるでしょう。

編:けれども、ヌメロロジーはその人がどんな人で、人生のどんな地点にいるのかを示してくれると言いませんでしたっけ? ということは、人生は予測できるということではありませんか。誕生日を変えることはできませんしね。

もちろん基本的な刻印は変えられませんが、それをどう活用するかは、まったく私たちの自由です。ヌメロロジーが教えてくれるのは可能性であり、それにはそれ自体の価値があります。人生のさまざまな分野の真の可能性を知ることで、どうそれを伸ばしていったらいいか、理解できるわけですしね。

例えば、仕事での真のギフトはサポートや協力することなのに、いつも率先して新しいことを始めようとしてしまいがちな人がいるとしましょう。そうなれば、その人はこうした分野では、欲求不満や挫折感を体験することにならざるをえません。こうした理解によって、その可能性を使うための一歩を踏み出せるのです。

人生においては、あらかじめ決められている物事もあるのは確かだと思います。とはいえ、実際にそれを形にしていくのは自分ですから、変えようと思えば変えられるものもあります。私たちは、このボディとマインド(心身)のメカニズムを持った存在ですが、それだけではなく、意識の存在でもありますから。意識的になるにつれて、この人生という機会を、よりポジティブな仕方で使うことができるようになるのです。

編:あなたはどんな風にヌメロロジーのワークをするようになったのですか。

すべてはタロットから始まったのです。心理学の学位を取って、数年間ジャーナリストとして働き、それから進歩的な女性誌の編集者となりました。何もかもとてもうまく行っていたのですが、突然でしたね、終わりがやってきたのは。私にとって、そうしたことが無意味になり、何の興味もなくなってしまったのです。それからの数年間は、自分が何を探しているかも分からずにあちこちを旅して回り、行きついた先がインドのプーナにあるOSHOのアシュラムでした。そこで、だれかがタロットのリーディングをしてくれて、それで私はたちまちタロットカードに恋してしまった。私にとって、ずっと探していたものはこれだ、心理学を通して探していたのに見つからなかったものはこれだ、と感じたのです。個々人のマインドに分け入り、それを理解するこんな方法があったんだ、と、たちまちのうちに夢中になり、それからはどこへ行くにもカードと一緒。私にとっては、使い方を学んだと言うよりも、思い出したという方が当たっている感じですね。

それから数年たって、ヌメロロジーに出会ったときも、そんな感じでした。ある意味では、すべて偶然の成り行きだったとも言えるんですが。 その頃には、友人にはタロットのリーディングをするようになってはいましたが、まだプロにはなってはいませんでした。そんなあるとき、私は友人をたずねてハワイに行ったのです。

そこで彼女はサイキック・リーディングをしていて、私にもセッションをしたらいいんじゃないと、面接の手はずを整えてくれたんです。ところが、その店では、2つのツールを使える必要があると言う、でも私には、その頃はタロットしかありませんでした。そんなとき、その彼女の家の大きな書斎に山ほどあったヌメロロジーの本を見つけて、すっかり入れ込んでしまったというわけです。私にとっては、何かとてもなじみのある、深く埋もれていた記憶が蘇ってくるような感じでしたね。そしてその一週間後にはもう、そのお店でヌメロロジーとタロットのセッションをしていました。 そしてそれが今でも続いているというわけです。

それは25年ほど前のことなんですが、今思えば、ほんの始まりに過ぎなかったようですね。それ以来、私はいろんなことを学んで、しかも今もまだ学び続けていますから。自分自身についての新しい発見をするたび、私のヌメロロジーに対する理解も増していきます。それは、人生を見つめるためのすばらしいツールです。私はこの出会いにとても感謝していて、だからこそ、こうしたツールを教えるのがとても好きです。私はいつも、こうしたグループで、何か非常に貴重なものを手渡していると感じているし、それは本当にすばらしい感じなんです。

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