「我が家」に帰るためのツール


☆真の意味でのスピリチュアリティとは?

スピリチュアルな道とは、成長とは、何を意味するのでしょうか?

もっと人生に光と気づきをもたらすには、どうしたらいいのでしょうか?

既成の価値観に不満を覚えるようになればなるほど、こうした問いは重要なものになってきます。もっと多くのお金やすばらしい服、立派な家や車、仕事を手に入れようとするライフスタイルでは満たされなくなっていくのです。

周りを見渡せば、ソウルメイトを見つけたい、「完璧な」パートナーを手に入れたいという夢でさえ、疑わしいと思えるかもしれません。

こうしたなかで、自然に起こるのは、伝統的な価値観に取って代わる生きかたを探すことでしょう。何かもっと充足感を得られるもの、違うものを探し始めるのです。

多くの人がこの過程で、いろいろなコースを学んだり、ワークショップを受けたりすることでしょう。エソテリック(秘教的)なものや、ボディワークを学ぶことで、もっと自分を知りたい、もっと意識的になりたいと思うかもしれません。あるいは、他の人に手を差し伸べることのできるような、より良い存在になろうとするかもしれません。

どちらにせよ、こうした関わりから、私たちの方向性は実際に変わっていきます。開くべき扉が開き、世界を見つめる新しい視点が与えられる。常識や世間や家族が教える価値観や考えを離れ、生をもっと広い視野から眺められるようになる。まさしく、意識が拡大するのです。

☆新しい人生の方向性と落とし穴

これによって、私たちは、さらにまた新しい目標や望み、新しい人生の方向性と目的を手にします。その結果、当然の成り行きとして、以前よりも幸せで充実感を感じるようになるでしょう。それは、自然な成り行きですが、ここには別の危険が潜んでもいます。

それは何でしょうか?

それは、今までの欲望や目標を、そっくり別のものに入れ換えてしまうということです。つまり、それまでは外の世界に向いていた欲望を、今度は内側に向け直すのです。そうなれば、今度は逆方向に突進することになりかねません。今もなお、どこかに到達しよう、何かを変えよう、今の自分ではない別の存在になろうとしているのです。

いまだに「ただ在る」のではなく、「なる」ことが大事になっているのです。

そうなれば、そこには必ず緊張や葛藤が伴います。この瞬間を楽しむのではなく、未来を夢見て、がんばり続けるという感覚です。

とどのつまり、そこには真の充足感はありません。

自分がその罠にはまっているかどうかを確かめるのは、とても簡単です。ほんの少し時間をとって、自分がいったい何を求めているのか、内側に聞いてみてください。自分の願望や、人生の目的のリストを、ノートにまとめてみるといいでしょう。

そして、そのひとつひとつについて、その目標を達成すれば、何が「得られる」と期待しているのか、見てみてください。もっと愛に満ち、もっと良い人になったなら、あなたの人生はどう変わるのでしょう?

もっとスピリチュアルになり、自立し、利己的でなくなったら、あなたの自己感覚はどう変わるのでしょうか?

その答えはおそらく、今よりもっと幸せになる、もっと生きがいを感じられるようになる、もっと自分を受け入れ、自信を持てるようになる、ということでしょう。

けれども、あらゆる偉大な教師やマスターは、私たちにこう言い続けているのです。

実際には「今」しか存在しないのだ、と。


☆今の今が完璧だということに気づく

それでは、あなた自身の現状をチェックしてみましょう。

通りを歩いたり、電車に乗ったり、お皿を洗ったりしているとき、その実際の体験にどれほど注意を向けていますか?

夜ご飯のこととか、誰かと会うとき何と言おうかとか、未来に起こることを、どれぐらい考えていますか?

または、昨日の晩とか先週、あるいは数年前に起こったことや、それにまつわる想いに、どれぐらいとらわれていますか?

こうして見ると、たぶん、今この瞬間の自分とともにいることはほとんどない、ということに気づくことでしょう。

では今度は人生を振り返って、自分がとても幸せで、満たされていたと感じた時を思い出してみてください。

それは友達とのおしゃべりに夢中になっていたり、クリエイティブなことをしていた、あるいは、たんに家の掃除をしたり、料理をしていた時だったかもしれません。そのとき、その行為がどんなにささやかに見えても、あなたはそこで起こっていたことにトータルに関わっていたということが、きっと分かるでしょう。

そのときあなたは、どこか別のところに行こうともせず、何かを変えようともしていなかった。ただ、その時に起こっていたことに関わっていました。

ほんとうの幸せと充足感は、じつはその瞬間がどんなものであれ、それを100%肯定するところからしかやって来ません。

もちろんその瞬間に、自分の好きなことが起こっていれば、ずっと楽でしょう。何が起こるべきで、物事はどうあるべき、という自分の好みや観念に一致していれば、何の葛藤もないでしょう。

けれども実際、そうした状態はどれほどあるでしょうか。

ほとんどの場合、存在は、私たちの希望どおりには動いてくれないようです。しかも、私たちはたいてい、あまりにも先を見ることに気を取られているので、今の今、物事が完璧だということに気づくことができないでいるのです。

人間関係にも、同じことが言えます。どうふるまうべきという思い込みに従って行動することに慣れていて、自分がほんとうは誰で、内側で何を感じているのか、まったく気づかないままでいるのです。

そして、こうしたことは、スピリチュアルな生き方とどう関係しているのでしょう?

今以上の存在になりたいというこの切望を、いったいどうしたらいいのでしょう?

私たちは実際、自分でいることしかできないし、現実をあるがままに体験することしかできません。これはあまりに単純なことなので、マインドには受け入れがたく、それをそのまま見ることもできません。

幾層にもわたる観念や希望、投影やら恐怖やら期待が、私たちの存在の内や外にある、ありのままの単純な現実を覆っています。そのほとんどは、自分を安全にし、守っておこうとする根源的なサバイバルの恐怖に根ざしているのです。

これが、私たちが等しく置かれている、単純な真実です。

このために、内側に向かい始めると、私たちは空しさや満たされない感覚に直面させれられることになります。

私たちはふだん、自分の真実とつながっていません。リアルなものとの結びつきが、絶たれているのです。意識していようといまいと、私たちが他の何よりも望んでいるのはそのことなのに。

それでは、現実とのつながりを取り戻すためには、どうしたらいいのでしょうか?

それは、実にシンプルです。

一瞬一瞬、今の自分のリアルな状態に、意識と気づきの光を向けること。

これこそが真の成長、真のスピリチュアルな道です。あるがままの現実そのものから私たちを隔てている、マインドのプログラムの層をあらわにしていくプロセスです。

そのためには、今いるところから始めなくてはなりません。今の自分がどうであろうと、それに対して真正であるのです。

☆気づきをもたらすツールとしてのタロット

この目的のために使える、とても効果的で手軽なツールが、タロットです。

正しく使えば、それは占いのためでなく、意識のためのツールとして、自分を知るための非常に貴重な鍵となってくるのです。

カードのシンボルとイメージは、人間のさまざまな精神状態やプロセスのエネルギーを持っています。とくに古い、伝統的なタロットカードは、起源さえ定かではない、古代の英知と理解を含んでいます。

こうしたカードを使うときには、私たちは長い年月をかけて確立された、とても深遠なツールにチューニングを合わせ、何気ない日常生活の出来事の背後に潜んでいる、真実のベールを剥ぐことができるのです。

ほんの少しの努力と知識があれば、タロットは、より深いレベルの現実を見せてくれます。

それは私たちのマインドの霧を払うワイパーのような役割を果たします。定期的にカードでリーディングをすることで、自分のマインドのパターンと少しずつなじみになっていきます。思考の機能の仕方に、さらに気づくようになるのです。

けれどもそのパターンに気づくようになるにつれて、もっと距離が生まれ、古い反応の仕方に我を忘れるのでなく、それをありのままに見られるようになっていきます。パターンはまだ続き、以前と変わらぬ思考や感情があったとしても、以前のように深刻にならずにすむのです。

それほど出来事に巻き込まれず、そうした思考や感情が自分だと信じないでいられるようになる。思い込みの層を脇にどけることで、その奥にあるものが見えてくるのです。

☆成長とは、終わりのない旅

成長は、インスタントなプロセスではなく、終わりのない旅のようなもの。

私たちはみな、ハートの真実との結びつきを曇らせる層のない、たまねぎの中心、マインドを超えたスペースへと旅をしているのです。

その旅はとても楽で、ほとんど中心に到着したと感じられる瞬間もあります。そしてまたバン!と何かに突き当たって、古い罠にはまっている自分に気づくかもしれません。

けれども毎回、少しずつ明るさが増し、気づきが増し、距離も大きくなっているのです。

こうしたプロセスは、起こっていることを避けようとするのではなく、ただそれとともにあるところからしかやってきません。

もし何かを悪いと判断したり、恐れたり、人からどう思われるかを心配すれば、それを自動的に抑圧してしまい、そんなものは存在しないというふりをし始めるでしょう。そうしたら、自分自身に光を当てるプロセスは行き止まりになってしまいます。

何かを抑圧し、見ようとしないとき、私たちはどこへも行けません。

だからといって、プロセスが辛いものである必要はないのです。反対に、自分自身を深刻に取らないとき、現実を体験することは、ずっと楽になります。

距離ができればできるほど、自分のプログラムがささやく損得に惑わされなくなればなるほど、私たちはすべてのものの背後にある、ハートの真実につながることができるのですから。


☆もうひとつのツール、数秘

数秘もまた、大きなサポートとなるもうひとつのツールです。

それは、シンプルかつ正確に、自分自身について教えてくれます。

タロットは、無意識の細かいプログラムを見せてくれるのに対し、数秘はより大きな全体図を教えてくれます。とてもクリアに、自分の条件づけの原因や課題、対処の仕方、そしていつ、どんな問題が起こりがちかも教えてくれるのです。

親しい関係の中でどんな問題が起こってくるか、私たちの真の願望は何なのか、潜在的な可能性は何なのか。私たちの才能と目的地を記した、地図のついたガイドブックを手にするようなものです。

人生の意味、そして適切な仕事については、数秘があなたに答えてくれます。それが分かったら、それを生かすかどうかは、あなた次第。

いつわりの夢や希望や考えにだまされたり、わき道にそれるのではなく、真の方向性や可能性が何かを知る、非常に大きな助けとなってくれるのです。

☆・:・☆☆・:・☆☆・:・☆

タロットと数秘はすばらしいツールですが、人生に気づきと意識をもたらしてくれるものは、もちろんそれだけではありません。自己探求の道は、ひとりひとりユニークです。自分でいろいろ試し、合ったものを見つけてください。

肝心なことは、自分が行きたい方向性がはっきりしている。そうしてはじめて、どうしたらそのツールを正しく使えるかが分かるからです。

スピリチュアルな道を歩きたければ、つねに瞬間ごとに、そこにある現実に立ち帰る必要があります。

どう行動すべきか、何になるべきかという新しい理想と目標を手に入れて、それに自分を合わせていくのではありません。あらゆる古い観念や理想の背後にある、ほんとうの自分自身に戻っていくのです。

それは、新しい信念を手に入れるのではなく、信念を落としていく道−−

ゆっくりと、けれども確かな歩みで、瞬間ごとにリアルな自分へと帰っていく旅です。

それだけが、私たちが何生にもわたって探し求めてきた充実感と満足感を与えてくれるのですから。

2011 インド・プネーの自宅のテラスにて

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