すべてのワークの土台に瞑想がある

◎すべての答えは、あなたの内側に

数秘やタロットを、無意識を意識化し、より自分らしい生き方を創造するツールとして使うーーそれがここで教えていることです。

そして、自分の真実、愛、喜びとともに人生を創造するために大切なのは、内なるガイド=直感とつながるための静かな時間です。

《アクティブ瞑想について》

瞑想といえば、座禅や、呼吸を見つめるヴィパサナ瞑想が代表的ですが、情報の波にもまれる現代人が、いきなり静かに座るのは楽ではありません。

頭のなかには想念がひしめき、身心にストレスがたまっているからです。

インドの神秘家OSHOはこうした私たちに、まずは抑圧された感情やエネルギーを解放することを勧めています。

彼の考案したたくさんの瞑想テクニック=アクティブ瞑想には、感情やエネルギーの解放や、身体を動かすステージが含まれています。

内側に溜め込んだ感情や想念、古いパターンや癖を手放すことで、その奥にある静けさにアクセスすることが容易になります。

《あなた自身の光となりなさい》

人生を生きる上で、何が最善なのかを知っているのは「あなた」です。

「あなた自身の光となりなさい」とは、お釈迦さま(仏陀)が入滅前に弟子に残した言葉でした。

権威ある人の言葉であっても、鵜呑みにしないこと。

自分のハートに響かなければ、それはあなたにとっての真実ではないかもしれません。

自分自身が自分の権威となる−−それこそ、私がOSHOのもとで学んだ生き方です。

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OSHO(1931~1990)

インドにあるOSHO瞑想センターは、西海岸の大都市・ムンバイにほど近い、高原都市「プネー」にあります。

緑豊かで近代的な設備を備えたセンターです。

この場所は、今でも世界中の人たちを惹きつけてやみません。

私とマンガラが初めて出会ったのも、ここでした。

90年代のことです。

マンガラは70年代よりこの地に拠点をおき、毎年半年に渡る世界ツアーが終わると、

インドの聖者ラマナ・マハルシのお膝元・聖地アルナチャラに滞在し、静けさに浸る時を持っていました。

* * *

仏陀やキリスト、現代ではOSHOをはじめ、エックハルト・トールなどたくさんのマスターがいますが、

古今東西を問わず、悟りを得た存在、いわゆるマスターと呼ばれる人たちはみな、同じ源泉から語っています。

彼らのメッセージは、たとえ表面上は異なっていても、深みではひとつ。

私たちが、真実の深みを生きる道筋を示してくれている存在なのです。

* * *

自分自身のハートの声に従って、物質的にも、精神的にも豊かに生きること。

愛、信頼、自由を尊重し、自分自身の真実の責任を取って生きること。。。

それがOSHOが教えてくれている、新しい生き方のヴィジョンです。

「・・・私はどんな哲学も教義もあなたがたに押しつけはしない。

私は普通の意味での教師ではない。何かを教えているわけではないからだ。

私が話しているのは、あなたに自分自身の本来の姿――無限の、輝かしい神性そのもの――を思い出してもらうためだ。

私の言葉は、ただの情報ではなく、

変容をもたらす錬金術だ

「・・・私は存在(宇宙)を絶対的に信頼している。

もし私の語ったことに真理が含まれていれば、その言葉は生き残るだろう。

私のワークに興味を持つ人は、たんに明かりを運ぶだけで、だれにも何も押しつけはしない。

私は人々に、だれかの教えに従うのではなく、自分で成長してもらいたい。

子どものような無垢なまなざしと、気づきの質と、喜び、愛とともに、祝祭に満ちた生を生きることができるように。

そして、そのための道は、内側にある・・・」

* * *

笑い

あなたが心の底から笑うとき、思考は止まる。頭は笑うことができないからだ。

頭はきまじめになるようにできている。

頭の働きとは、深刻に、惨めに、病的になることだ。

あなたが笑う瞬間、思考はやむ。

笑いは彼方から、まさに内なる魂そのものからやって来る。。。

ネガティブな感情と仲良くなる

悲しときには、悲しむことだ。それと仲良くなりなさい・・・

悲しみは美しい! それは悪いものではない。悲しみは良くないなんて、だれが言ったのかね?

あなたに深みを与えられるのは、悲しみしかない。

笑いは底が浅い。幸福は皮一枚の厚さしかない。

悲しみは骨にまで、髄にまで入り込む。悲しみほど深く入り込むものはない。

だから心配はいらない。悲しみとともにいれば、あなたはもっとも奥深い中心へと運ばれる。

そうすることで、自分の存在について、今まで知らなかったことを知るだろう。

それは悲しみのなかでしか明らかにならない。幸せなときにはけっして見えてこないものだ。

暗闇もまた良いもの、神聖なものだ。昼があれば、夜もある。

私はこうした態度を宗教的と呼ぶ…

忍耐強く悲しみのなかにいることができれば、ある朝突然、ハートのどこか未知の源泉から、幸せがわき起こってくることに気がつくだろう…

人生に直面しなさい。人生に立ち向かいなさい。困難もあるだろう、しかしある日、あなたは気がつく。

その困難な瞬間が、自分に強さを与えてくれたのだと。

それらはあってしかるべきものだった。

困難は辛いが、後になってみれば、それが自分を鍛えてくれたことに気がつく。

それがなければ、あなたが中心に据わり、地に根づくことはなかっただろう。

*参考リンク*

【Facebook】サマサティ・ヴィジョン 意識的に生き、意識的に死ぬための、新しい生き方のヴィジョンを紹介しています。

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